2006/04/02

"Micro"biotics

またまたCyber Macroより。。。

"Macrobiotics"はそもそもギリシャ語に語源があるそうですが、英語に直訳すると「Big Life」、さらに日本語に直訳すると「大きな人生」にあたるのでしょうか?

「穀物菜食」というコトバよりも、もっとソフトで哲学的なカンジがしませんか?同時にやや宗教クサくもあるけど。。

そんな「大きな人生」を目指すマクロを実践しながらも、学べば学ぶほど、「小さな "Micro"人生」になってしまっている人が多い、というトピックをみつけました。アレはダメ、コレはたまにならOK、ソレはできれば避けましょう、でもあっちのレシピ本にはそのダメな食材つかってるよ。なんで?ダメなんじゃないの???

食材、調理方法を含む「食事」全般に固執するあまりマクロが、「制限だらけの食事法」としてとらえられがち。つまり、

1、圧力鍋で玄米を炊き

2、ミソスープをのみ

3、豆、海草を週に2、3回用い

4、寒天などをつかったデザートを週に2回くらい

という食事をしていればガンが治るらしい、

という非常にマイクロな食生活をしていればいいと思っている(誤解している?)マクロビアンも多いようです。

でもでも、コトはそんなに単純じゃない。

そんな食事をしていてもガン、その他の病気になるマクロ指導者も多いし、肉や乳製品、砂糖をガンガン摂ってきても100歳まで病気一つせずに生きている人もいます。「病気にならない」「病気を治せる」ことだけがマクロがもたらす利点ではないのかも。病気=ディスチャージ(排毒)、つまりからだからのメッセージの一つととらえ、病気さえもその「大きな人生」の中の一つとして考えられる高い精神性を得ること、それ自体がマクロの究極のベネフィットなのかもしれません。

マクロを極めていくと、病気になることも、死ぬことも自分で「選択」できるのかも?!自分の人生にとって、そして自分が愛する人々にとって何が一番の「幸福」なのかを見極め、それを実行できること、やはり「究極の自由」が待っているのかもしれません。

「病は気から」  - ならば「治癒も気から」と私は思います。

マクロはその手段の一つであって絶対ではないけど、本人がマクロで治すときめたのならば、体もその決断に応えてくれるのではないでしょうか?

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2006/03/30

肉を食べるか、食べないか?①

ここアメリカには"CyberMacro"というウエブサイトがあって、そのサイト上でお買い物、チャット、ブログ、そして「出会い」まで(!)広くマクロな人たちが利用できるようになっています。月に一度チャットをしているらしく、その内容はすべて文字でみることができます。

アメリカのマクロビアンたちはどういう人たちなんだろう?という疑問プラス好奇心(後者の方が大きい)から、最新のチャットを覗いてみました。

「社交がタイヘン」、「アーモンドバターがやめられない。。」、「それは豆製品を十分摂取してないから、体がたんぱく質を求めてるんだよ。」「チーズはマクロではダメってミチオが言ってた。」、「でもミチオは肉も卵も乳製品も食べてるよ。」「だから結腸ガンになった。」。。

Mmmm...マクロビアンがぶつかる壁はここアメリカでも一緒じゃないですか!

司会進行役のGinantさんは、随所に「マクロは人生は制限するものではなく、より大きな視野で完全に自由になることを目指すもの。」と言っておられます。「ミチオが結腸ガンになったのも意図的なもので、今は完全に回復。彼はガンになることを選んでやってのけた。」とも付け加えてました。

Ginant自身もマクロ歴20年以上、カウンセラー、お料理教室等々を精力的にこなされてきた結果、乳ガンを患い、化学療法、外科手術等を経験したお方です。でも今は再発もなく、さらに精力的にマクロ活動をされている方です。詳しいご経歴はまたいずれ。

「社交もできず、肉も砂糖もチーズも食べないツマラナイ毎日を送りながらガンになるなら、好きなものを食べてガンになって死んだほうがマシ」という声が聞こえてきそうです。。

「なぜマクロをするの?」

おいしいから?ハリウッドセレブもしてるから?なんか格好いいカンジだから??

理由は100人100通りあるでしょう。

長くなりそうなので、続きはまたいずれ。

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